島キャン実施レポート

都会を離れてみて考える「生きる」ということ

2017年夏 加計呂麻島
加計呂麻島自然海塩工房
2017年8月16日~8月29日
同志社大学 政策学部  中村 拳史郎
仕事と生活・社会・地域共同体・自然。それらが凝縮された加計呂麻島という島で学んだ三つのこと。
島で感じた「はたらく」ことが果たす役割とは
薪での焚き上げ。とてつもなく暑い。

私たちの考える「はたらく」とは、生計を立てるために労力を費やして賃金を得ることだと捉えている。よく周りの友人が「バイト嫌だ、働きたくない」と言うのも、苦労するから嫌だけど、お金は必要だから働かないと、という意味が言葉の裏に込められているのだろう。かくいう私もその一人だった。だからこそ生活と切り離して考えることが多く、ワークライフバランスの考え方が発展しているのだと思う。

しかし、私が加計呂麻島で生活してみて、ゆったりとした時間の流れる島ではそういった考えとは全く異なる形で「はたらいて」いるのだと実感した。島の人とお話をする際に「榊さんのところでお世話になっているんです」というと、「あー、塩工房の」というように、その方の担う「仕事という島における一つの役割」がその人自身の証明になっているのかもしれない。都会で従事するような仕事は途方もなく大きな機械を動かすための小さな歯車のようだと私は形容しているのだけれど、島では「はたらく」ことが人と人をつなぐ橋のような、プライベートと切り離して考える必要のないほど生活に密着したものであると感じた。今後「はたらいていく」ための視野を広げる非常に良い経験となった。

島で学んだ「知恵を絞って生きる」ということ
釣りで食料調達。培われるサバイバル能力。

加計呂麻島にはとにかくモノがない。都会では当たり前のものが一切ないと思ってもいいほど。だからこそ、私は自力で何とかして生き抜く力を学ぶことができたのだと強く思う。

塩をパッキングするために使用する熱接着の機械が壊れてしまったことがあった。熱板の接着部分が導線ごと焦げて焼ききれてしまっていたのだ。当然私は「メーカーに問い合わせて修理だろう」と考えた。しかしオーナーの榊さんは「じゃあ、直そう。」と言って解体して状態を確認し、近くの廃材の中から導線を引っ張り出してきて修理を開始した。「ここ外してこれくっつけといて」と言われるがまま直すと、歪ではあるものの再び正常に動作を始めた。榊さんは言う、「島ではちゃんとした部品が手に入ることも置いておくこともほとんどない。何か壊れたらこうやって頭振り絞って自力でどうにかしないとならん。これが島の人の知恵っちゅうやつなの。」

便利さに胡坐をかいている私たちは何かと便利なものに頼ろうとしてしまう。だがもし、それが無かったとしても人は生きていくために知恵を働かせて乗り越える力を本能的に備えている。知恵を絞って生き抜くことを学ぶことができた島生活だった。

島で知った「集落」という共同体の魅力
滞在していた諸鈍の風景。

私は加計呂麻島で集落という言葉を久しぶりに耳にした。実際に目にしたのは初めてかもしれない。ただ、今の都市生活に必要なのは集落なのではないかと感じている。

集落とはいわば最小単位の社会であり、地域共同体である。加計呂麻島では集落ごとに八月踊りという踊りが語り継がれ、集落内での交流も盛んである。また仕事を補い合うかのようにそれぞれの仕事が落ち着くときは忙しいところでバイトをしたりする。そうやってただ仲良く生活するだけではない本当の意味で共同体として一つの地域共同体がはたらいている。

私の地域でも自治体はあるが、基本的には立ち入らないように各家庭が見えない仕切りを造って生活している。名ばかりの回覧板だけが回っている。それを当たり前だと思っていた私は集落がとても温かく感じた。心が豊かになる感覚、集落とは現代でいう一つの大きなシェアハウスのような、何世帯もの家族が家という名の部屋にそれぞれ居住しているかのようなものであった。

便利になった今だからこそ、島から学びなおせることがたくさんある。枯れきった地域内の交流を潤し、暮らしを豊かにしていく流れを都市部でつくっていきたい。