島キャン実施レポート

勉強じゃない!学べ!学習しろ!

2019年夏 与論島
TANDY MARINE
9/11~9/25
名古屋学院大学/現代社会学部  山田優武
情熱・綺麗・出会いなくして発展無し!
社訓第一~情熱~
基本一つの業者がおこなうことは一つ二つだがここではほぼ全て網羅できる。

私のお世話になった就業先は比喩ではなく「なんでもやる」。社長である鬼塚さんは、「貧乏だから、何でもやらないといけない」、「小さなことでも誰かに頼んだらいけない」とおっしゃっていたが、分業が進んだ現代で、何でも「できる」ことは大きな武器になる。今回私が就業体験中におこなった仕事は観光業の一つである客船の補助や接客に関わること全般。そしてお客さんをもてなすために飼っていたヤシガニの世話。今回はシーズンが合わなかったために清掃で終わってしまった黒糖工場。その隣で島の駅(道の駅のようなお店)も営んでいるが今回は別の島キャン生が就業していた。昔は自分の家の隣で民宿も営んでいたそうで、そこの清掃もおこなった。投資に似ていると思ったのが、ヤギを飼って大きくなったら売り、小さいヤギを仕入れる、これを繰り返している。今回はヤギのお世話の体験もさせてもらった。このようにたった二週間でとても多くの仕事をこなした。

私はここで「はたらく」ことの認識の違いを感じ取った。「はたらく」ことの最たる理由は、「生活するため」であるが、今回の体験中、一切休みがなかった(島キャン生であったため週一でもらえたが鬼塚さんは働き詰めであった)。むろん台風が来た時も仕事があった。自営業であり、お客さんの予約が入っていても、休日を作ることも可能だと思うのだがそうしないでいた。ここで私の認識している「はたらく」との齟齬があったのだ。私の「はたらく」ということの意味は「生活を豊かにする」ものであったが、鬼塚さんの「はたらく」は「生きる」に近い。少しでも休むと死んでしまうわけではないし、強制されているわけではない。自営業だけれども休みを作らない、私はここで社訓の一つ「情熱」を感じた。

社訓第二~綺麗~
シュノーケリングの際、撮影に協力いただいたクマノミの夫婦。

どんな人間でもきれいなものを見ると何かが吹っ切れる。与論島に来る観光客や地元の住民も含めて、私もこの二週間ほぼ毎日青い海を見ていたが、その都度心が晴れた気分になった。お客さんも海を見るたびに声を上げていた。与論島に観光に来るお客さんは、夏休みシーズンが過ぎていたこともあってか、学生よりも社会人が多いように感じた。接客時に聞くことは「与論には初めて来るのか」「なぜ与論に来たのか」である。理由として「海を見に来た」が一番多く聞く回答だ。そして旅行の最終日に当たる人は「まだ帰りたくない」と口をそろえて言う。それほどまでに現実離れしているきれいな海なのだ。学術的にも海の「青さ」は人の心を落ち着かせるという。この島に来てイライラしたり特別疲れている人を見たことがなかった。

そして島キャンを先に体験した先輩から島の人は「あたたかい」と聞いていたが、噂以上だった。「あたたかい」だけではないようにも感じたが、それ以上の言葉が見つからないのだ。かくいう私も宿には二日目から「いってきます」「ただいま」を普通に言ったり、家のような感覚で、元から住んでいるような錯覚さえ覚えるほどに、自然に周りの方が受け入れてくださった。免許がないため自転車が主な移動手段であり、人と話す機会が多かったが、散歩しているおばあちゃんですら、何の気なしに話しかけてくれた。今までもいろんな地域を旅してきたが、ここまで人が来ているのは与論島以外に見たことがなかった。

私はここに一つの自然との共存を感じた。仕事で何度も付いて行ったごみの集積場は、置かれているどのごみ袋も綺麗に分別されていた。ごみ袋には捨てる人間の名前を書かなければならないという規則があり、そうでなければ回収されない。このような規則が、島が綺麗であり続ける理由ではないのだろうか。沖縄返還前は、日本で最南端の島ということで、観光客でにぎわったと聞いた。今でも当時の賑わいを残したポスターやホテル等の廃墟などを目にしたが、相当の人数が来たことが想像できる。昔の事なので環境についてなど全く規則がなかっただろうにも関わらず、現在にもきれいな海が残っている所を見ると、やはり島の人の管理が行き届いていたのだろう。人が海を見ることで心に余裕が生まれ、余裕があるからこそ、島の環境に目が届いたのではないだろうか。そしてこのような自然と人と触れ合うことで、「綺麗」であること、「綺麗」を保つことの大切さを身をもって「体験」することができた。

社訓第三~出会いなくして発展無し~
鍾乳洞の奥にて見つけた芽。

今回のインターンで私は、たくさんの人々と出会った。これは普段地元にいるだけでは出会うことの無い人々である。島に到着してすぐおこなわれたお祭りで、浜辺で仕事をしているときに来てくれたお客さん。宿で語り合った人もそうだが、島で何回か訪れたお店の人や、お世話になった鬼塚さんに船長の吉田さん。今回たまたま来ていた鬼塚さんのお兄さんは那覇で飲食店を経営している漁師さんで、那覇を経由したときにお世話になった。島を出る前夜にパーティーを開いていただいたが、その時に道端で歩いていた観光の人やら地元の人やらが次から次へ集まり、いつの間にか指の数を超えていた。参加した人は9割知らない人で、お互いはじめましてであったが楽しく夜を飲み明かした。たった一度の出会いもあれば、これから続く出会いもあって、その時は全く考えていないことが後にもつながることがある。この旅でそれを多く学んだ。研修が終わった今でも与論の人と数人つながっている。これは私が今回得た一生の財産になることは言うまでもない。そしてこれこそが鬼塚さんが教えてくれた社訓の最後の一つ「出会いなくして発展無し」なのである。

ここまでたくさんの学んだことを書いてきたが、この最後の社訓は言葉で表すことができない。目に見えたり言葉で表現できるものではないからだ。しかし今回参加した人、以前に参加した先輩ならばわかると思う。目に見えぬ、言葉で表せぬ繋がりは、しっかりと参加した人間には残っている。これは事業先も訪問する島も違えど、共通して学ぶことのできるものではないだろうか。一般的なインターンシップではなく、そしてただの旅行でもないからこそ得られることのできる一生ものの「学び」は、これから先どのような事にも生かすことのできるものだ。「出会いなくして発展無し」、自分の発展に他人との出会い、自然との出会い、未知との出会い。私は今回の島キャンで、自分を発展させる新たな出会いをつかむことができた。

シュノーケリングにて。。。
寺崎海岸で見つけた秘密基地。
鍾乳洞の守猫。気づいたら人を撮るのと自分を撮ってもらうのを忘れてた・・・。