島キャン実施レポート

あえて行ってみようよ”隠岐の島”へ

2019年夏 隠岐の島町
隠岐の島ジオパークツアーデスク海洋スポーツセンター
7/31-8/14
法政大学社会学部  ごっちゃん
ーーーーーーーーーーー「生きる」を豊かにする二週間ーーーーーーーーーーー
なんで隠岐の島??
お客さんの笑顔を隠岐の大自然を借りて作るお手伝い

島に行っていろんな人から「なんで隠岐の島なの?」と一番聞かれました。正直初めは本当に何となく。周りが南の島々だったのに、唯一日本海の島があり、「なんでこの島だけ?とりあえず行ってみるか。」そう思ったくらいでした。しかし、今島キャンを終えて本当に隠岐の島に行ってよかったなと思います。その理由をいくつか紹介しようと思います。

こんな働き方があったんだということをまず学びました。今まで自分の父や母の働く背中を見たり、いろんな人の働く姿を見て何となく将来は自分もそんな風になっていくのかなって思っていたし、そうあることがどこか当たり前のように思っていました。

しかし、隠岐の方々はどこか違って見えました。働くということがそもそも生活の中の一部であって、全部ではないような気がしました。家族や地域との関わりや家の手伝いであったり、働く中で生きるのではなく、生きてる中で働いていました。それもどこか生き生きとして人間らしく。時にはつらいことがあっても高い給料なんかには代えられないものがそこにはありました。

隠岐らしくある。
行きのフェリーのデッキにて。楽しそうに走り回っていて自分のドキドキを和ませてくれました。

「島の人が島を愛することからすべては始まる」

これは島おこしのきっかけともなった隠岐ジオパーク計画の立ち上げに関わった方の言葉です。かつて隠岐の島は本土から程よい距離で行ける離島として(東京の小笠原のように)離島ブームとともにメインストリートが人でいっぱいになるくらいに栄えました。島の開発も進みました。しかし、他に重なる不況などにより年々観光客は減少し、お店の閉店など相次ぎました。そうなれば必然的に若い人々は仕事を求めて島を出ます。そうすると島を愛する人々は減るどころか地域の存続すらも危うくなりました。そんな危機に立ち上がったのが現地の一部の方々でした。今までは本土のものを隠岐にそのまま取り入れていたりしていたために流行は続かずにいました。他にも過剰な価格競争などによって旅館などのサービスは低下。客足は離れていくばかりでした。そうした数々の反省を踏まえて地域のブランド化を図ることから、隠岐らしさを前面に打ち出した隠岐にしかないものを大切にし始めました。次第に隠岐の観光客数は徐々に上昇し始めています。

日本には他にも山のようにこうした地域があるのではないでしょうか。地域が地域らしさや地域の良さを忘れないように、思い出せるような環境づくりがいつか自分にもできたらいいなと、そう感じさせられました。

島キャンと言ったら隠岐でしょ。
地域のお祭りではカヤックを貸し出したり、せっかくなので事業所の方と人生初のバナナボートも!!🌴

最後に自分が見た隠岐の島の課題を少し話したいと思います。それは団結力だと思います。隠岐の島の近くには海士町といった日本でも島おこし、地域おこしの成功例として有名な島があります。現に隠岐の島以外の島々も大体はそうした島に当てはまっていると思います。またそうした島々は、自治体なども島おこしを改めてやろうというやる気が垣間見えます。それゆえにインターン生の受け入れが充実していたりします。しかし、隠岐の島にはなかなかそうしたものがありません。島が他の島キャンの島と比べてもはるかに大きいことや、集落ごとの昔からの隔たりであったり確執であったり。そうしたことから中々“島全体で!”といった雰囲気になっていないのが現状です。そうしたこともあり、島全体としてインターン生の多い他の島に比べて中々新しい考え方、視線が定着したりしていません。

けれど、何も隠岐の島すべてが悪いわけではありません。隠岐ジオパーク計画は自治体の特定のメンバーから始まり、今となっては隠岐の島町のみならず島根県全体の動きとなりましたし、現地でもUターン者(島出身で一度島を出て、また戻って島で働く人)や、若い層の移住などによりじわじわとそうした動きもひろがってきてはいます。

「今なぜ隠岐の島?」そう聞かれたら間違いなくこう答えます。

「隠岐の島はほかの島キャンの島と比べても圧倒的な観光資源を兼ね備えていて、地理的にも世界で指折り。たとえば…自然環境に至っては沖縄から北海道まで本土ではありえないような生態系が存在します。何よりも日本という国の発祥の地と言われたり、かつては天皇が島流しにされたり、歴史的にもものすごい島。島内には屋久杉や縄文杉で有名な屋久島にも引けを取らない乳房杉や八百杉といった樹齢二千年級の巨木になんと触れることもできる。サザエや、トビウオを使ったあごだしは最高においしい。隠岐にしかないものが本当にたくさんある。学べる事も山のようにある。なぜ行かないの?って思ってしまうくらい最高な島だよ。」

隠岐の島はまだまだ知名度的には低いです。でも東京から夜行列車とフェリーで2万円ちょっとで行けたり、飛行機でも羽田空港から直通便があったり実はめっちゃアクセスいいんです。隠岐の島には今をもっと知ってもらうことが必要です。もし島キャンに行こうかなと考えている人がいるとしたら。ぜひ隠岐に行ってみてください。一生の思い出になるだけではなく、自分の進むべき道のようなものも見えてくることと思います。    

本当に隠岐の島に行ってよかった。必ず自分はまた隠岐に行きます。

事業所の方々。本当にお世話になりました。後藤幸樹 

隠岐の島の母。2000年間隠岐を見守る乳房杉。
子供の思い出にも残る島合宿のお手伝い。なんだか懐かしくてほっこり😊
ここが職場。2週間、隠岐の大自然と共に働きます。