島キャン実施レポート

「ふるさと」になる島で

2018年夏 奄美大島
島キャン予備校
8/15~8/30
京都大学 文学部  がっきー
奄美大島で過ごし、考えたこと
向き合いたい!
島キャン生主催の受験生向けイベント、座談会の様子

普段都会に住むわたしは、「やるべきこと」の波に追われ、焦ったりうろたえたりしつつも、なんとか毎日を生きている。そんなわたしが奄美大島で向き合ったのは、ほかでもない自分自身であり、それ以上に目の前にいる相手だった。奄美大島の人びとは、「はたらく」ことを通じて大切な気づきをくれた。

私は就業当初、受験生というものは大体同じ方角を向いているものだと思っていた。つまり、「志望校合格のため、自分の将来のために勉強する」という方角。しかし、それが正しくないということにすぐに気づかされた。同じ受験生というくくりでも、一人一人に事情がある。将来の夢が決まっているひと、将来の夢がないから、本当に大学に行っていいのかわからないひと。やる気十分なひと、なかなかやる気が出ないひと。本当に様々なひとがいた。わたしの当たり前は、決して当たり前ではなかったのだ。

一人一人と向き合うには、こちらからなにかを提供するだけでは足りない。就業当初、わたしは焦っていて、とにかく勉強方法を教えたり、苦手の克服法を考えたり、あるいは今の環境を改善する方法は何か、そんなことばかり考えていた。誰かの役に立たなければ、と思っていた。でも実は、「誰か」の役に立つためには、まず目の前の「あなたたち(生徒)一人一人」に向き合い、話を聞いて、相手を知る必要があった。それに気づいてからは、「今」「奄美大島」にいる「自分」にできることを考えて、試行錯誤しながら行動できるようになった気がする。話した後にやる気を出した生徒を見たときは、心から嬉しかったし、就業期間の最後の方には、自ら質問しに来る生徒もちょくちょく出始めた。思わず就業期間を2日伸ばしてしまった。わたしより若いみんなが、夢をかなえてほしいと思った。

これはきっと、何をするときだって思い返さないといけないことだ。この気づきを、京都に帰ってきた今も忘れずにいたいと思う。

もしも今、生徒たちの誰かが、少しでも「あの人元気かな」と思ってくれていれば、私の「はたらく」は成功している……のかもしれない。

(ちなみに、就業期間中は自分の長所、短所が何かを主観的に、また客観的に見つめなおすには最適な時間だと思う。これから離島にいくみなさんも、ゆっくり流れる「島時間」のなかで、自分と向き合ってほしい。)

「あなたたち」の文化
初日に行った「あやまる岬」。実際の奄美はあまり晴れない

青を超えた青色の海、入り組んだ道、ぽっかりと雲の浮かぶ空、ざわめく緑、奄美の風景は未だに綺麗に思い出せる。そんな景色は、ほんの少しだけわたしの生まれ故郷と重なった。海沿いに建つ変な町だったけれど、それでも大好きな町だ。

とはいえ、わたしたちがふだん当たり前だと思って営む生活は、奄美大島に住む彼らにとっては、当たり前ではないということに気づく。短い間だったけれど、「島の高校生・若者たち」と触れ合う機会を得られたことは、やはりわたしにとっても大きな収穫だったように思う。

「島が大好きだ、将来はふるさとに戻ってきたい」という生徒が(都会生まれの子に比べても)非常に多かったことに、最初わたしは驚いた。彼らが文化に根付いた暮らしをしていることすらも、わたしにとっては新鮮だったのだ(おそらく、多くの人にとっては新鮮だろう)。ある日、多くの生徒が早退したり、遅刻したり、中抜けをしていた。なぜだろうと思っていると、家で行われるお盆の行事に参加するためであるという。毎年来るお盆とはいえ、Uターンラッシュのニュースぐらいしか意識していなかったわたしにとっては衝撃的な出来事であった。

またある日、生徒の一人に案内してもらい、「送り盆」を見学する機会があった。とある墓地にお墓がある人びとのほとんどが、その日は提灯をもって墓地に向かい、先祖の眠る墓を飾り付けて花を手向けるのだ。墓地の近くまで行くと、数百人という提灯を持った人びとの群れがあった。昔ながらの文化が根付いている「奄美」という土地に、わたしは感嘆した。彼には他にもいろいろな奄美の文化を教えてもらったのだけれど、どれも奄美に来るまでは遠い土地の話だと思っていたもので、それがいつの間にか「身近なもの」に感じられていることに、なんだか不思議な心地がした。彼は、奄美の文化をとても誇りに思っていた。きっと、奄美が好きなみんな一人一人にそれぞれの思いがあるのだろう。

離島というものは、良くも悪くも、閉鎖的な面もある。将来、彼らは島の外に出ていくことになるだろう。わたしが大学生になったとき、高校生のころよりずっと世界が広くみえたのを覚えている。そんな世界に出て、彼らは何を考えるだろう。なんにせよ、「ふるさと」のことを忘れないでいてほしいと思った。

心をかけめぐるものが
予備校前の川。水面に空が映る。実は魚が釣れるとか

奄美大島が、あまりにも好きになってしまった。大学に入ってからいろいろな所に旅行して、「また来たいな」と思うことは多々あったけれど、これほどの喪失感を感じたことはそうそうなかった。未だに夢に奄美大島が出てくる程度には、喪失感を感じている。

それは、ただ奄美大島が気に入ったということではなくて、奄美大島で出会った人たちが大きく影響しているのだと思う。星野さんをはじめとする予備校のスタッフのみなさん、カケハシの社員のみなさん、そして奄美で偶然出会ったしほんぬさん(高校時代からの親友の先輩だった!)には、すごくすごくものすごく!とても文字化できやしないほどに、親身になってお話いただいた。そして、一緒の就業先で働いていた美桜ちゃんをはじめとする島キャン生には、めちゃくちゃお世話になったし、いろいろな背景を持った同世代、そして島の人びととの出会いは宝物だった。

そんな人びととの出会いが、「島時間」という言葉に代表される奄美のおおらかさに包まれて、わたしの心をぎゅっと掴んだのだ。平成最後の夏、楽しい17日間だった……という言葉では終わらせたくはない。まだまだ、奄美のものがたりは続くだろう。「ふるさと」になる島に、またいつか帰ってきたい。

奄美テレビに出ました。1時間生放送でしゃべり倒した
たなっちさん(スタッフ)主催の水鉄砲バトル!アツい!
奄美で知り合ったみなさまとマングローブ原生林へ!